Three and a half years passed : Two Asian coaches meet at Tokyo finally

Tokyo-Asia

Tokyo has been a host city of Asia Junior Sports Exchange Games since 2007

2011年3月11日に発生した東日本大震災から3年半。きょうは、先ごろ東京の駒沢オリンピック公園総合運動場体育館で行われたジュニアの国際大会における、1つの「アジアの出会い」を紹介する

東京都が主催する「ジュニアスポーツアジア交流大会」は、16歳未満のアジアの若きアスリートを対象に、競技力向上のほか、スポーツを通じて相互理解と交流を深めることを狙いに掲げる催しで、石原慎太郎氏が知事だった2007年にスタートした

2013年9月の東京オリンピック招致決定を経て、07年の初回から8年連続で対象競技に選ばれたバドミントンに今年出場したのは、バンコク、デリー、ハノイ、ジャカルタ、クアラルンプール、マニラ、ソウル、シンガポール、台北、ウランバートル、ヤンゴンのアジア主要11都市。それにホスト東京(2チーム)と、東日本大震災の被災地代表として11年以降参戦を続けている岩手、宮城、福島、茨城の4県を加えた計17チーム。このうちマニラチームのコーチとして初めて参加したのが、今回取り上げるイアン・メンデス元選手だ

IAN meets Kanako

IAN finally met Kanako at Komazawa Olympic Park Gymnasium

メンデス氏は3年前の2011年12月、日本で東日本大震災の被災者支援活動を行う「米倉加奈子プロジェクト」を後援する日本バドミントン専門店会の関係者が、「日本を支援してくれたアジアの人たちへのお返しに」と、台風直撃に伴う洪水で1,000人超の死者を出したフィリピン・ミンダナオ島北部のカガヤンデオロに送った支援物資のシャツを、自らの地元でもある被災地で子どもたちに直接手渡しで届けるのを手助けした経緯がある〈https://badpal.net/2011/12/30/supporting-each-other-in-asia-from-japan-to-philippines-for-this-time/〉

この時の彼の協力は BadPaL の記事を通じて日本に伝えられたが、日本側の関係者と彼が直接顔を合わせる機会はなかった。ところが今回、大会アンバサダーに米倉加奈子氏が任命されたことで、試合の合間を縫って、会場内であらためてあいさつを交わす機会が設けられた。メンデス氏は、「当時、現地で手助けをしたのが米倉氏のプロジェクトの1つであることは知らなかったが、役に立ててうれしい。今回は会えて光栄」と言葉をかけた。米倉氏も、選手としてのメンデス氏はほかの大会で見て知っていたが、彼が自らのプロジェクトの活動を手伝ってくれていたとは知らなかったと話し、笑顔でメンデス氏に謝意を伝えた。なおメンデス氏は米倉氏との面会を果たしたこの日、母国フィリピンで予定より約1カ月早く生まれた第1子誕生の知らせを聞いたばかり。また、同氏率いるマニラは今大会、福島、クアラルンプール、台北に次ぐ総合4位と健闘した

ジュニアスポーツアジア交流大会は、アジア地域の繁栄と発展につなげる目的で2000年に組織化された「アジア大都市ネットワーク21(ANMC21)」の共同事業の1つに位置付けられる

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