Aim high, Keep doing : Looking back on Ayaka/Misaki’s way

日本女子ダブルスのけん引役を務めてきた高橋礼華が19日、現役引退を正式に表明した。松友美佐紀と組むペアの戦績は、あらためてここに羅列しない。代わりに、何者でもないところから愚直に世界の高みを目指し続けた結果、中国をはじめとする「外国勢トップにも勝てる」を実証してみせた道程を振り返る

2020年のシーズン初戦、1月マレーシアマスターズに、2人は4年前と同じ世界ランク4位で入った。女子ダブルスで、前回に続き五輪イヤーを世界上位で迎えたペアは、高橋・松友のほかに、ブルガリアのストエバ姉妹(2016年:17位、2020年:14位)しかいない。試合会場でこのことを直接伝えると、驚きと喜びの入り混じった表情をのぞかせた。その上で、「どっしり構えて、結果がどうなろうとも(4月末まで続く)五輪レースを最後まで戦い抜く」ときっぱり語っていた

あれから7カ月。世界的なコロナウイルスの感染拡大により来年に先送りとなった、本来出場するはずだった◆ドイツオープン◆インドオープン◆マレーシアオープン◆シンガポールオープン◆アジア選手権――を残し、高橋は競技生活の幕引きを決断した。ちなみにこの5大会、2人は準優勝4回のシンガポール以外、いずれも優勝実績がある

高橋・松友を初めて取材したのは、ペアとして国際大会初優勝を遂げた「2009年大阪インターナショナルチャレンジ」。2回戦の韓国チョン・ギョンウン(※後の五輪銅メダリスト)/オム・ヘウォン(※後の世界選手権銀メダリスト)のほかは、日本ペアばかりが相手だったが、勢いに乗り、松尾静香・内藤真実と藤井瑞希・垣岩令佳を連破し、頂点に立った

ただ、高橋は BadPaL との後年のインタビューで、この初優勝の後も、松友と組み続けることになるかどうか当時は分からなかった、と明かしている。2人はこの年、ベルギーとインドでもタイトルを奪取。年後半からは、40位台のランキングを持って世界トップの主戦場である上位大会スーパーシリーズにも乗り込むが、経験を含む実力差はまだいかんともしがたく、早い回での敗退が続く。一方、それ以外の大会は、松友が2種目にエントリー。シングルスを続ける道を探っていた

Jul 2010 @Johor Bharu

「2010年マレーシアグランプリ(現マレーシアマスターズ)」においても、同年の世界ジュニア選手権で2連覇を達成したラッチャノク・インタノンに次ぐ銀メダリストとなった松友のシングルスの結果(ベスト8)がダブルス(ベスト16)を上回り、依然、単複どちらに進むか分からない状態にあった

ただこの時、当時の日本選手では珍しく、ダブルス敗戦後に2人、観客席に戻ってきて、特に話し込むわけでもなく、他国選手の試合をじっと見ていた姿が印象に残った

この大会の結果を踏まえ、女子ダブルスの世界ランキングは17位に上昇した。それでも日本勢の中では、末綱聡子・前田美順(世界4位)、藤井・垣岩(同7位)、松尾・内藤(14位)に次ぐ4番手

Aug 2011 @Wembley, London

世界21位からスタートした2011年、ロンドン五輪出場権をかけたレースに突入すると、ますます上位大会でベスト8の壁を突き破れない状況が続いた

世界17位で繰り上げにより初出場を果たした、五輪のテストイベント「2011年世界選手権・ロンドン大会」、ここでもベスト16までは進んだ。しかし続く3回戦、この大会で銅メダルを手にする末綱・前田との同国対決にフルゲームの末に敗れ、競い合う日本4ペアの中で唯一ベスト8に残れず。とりわけ、同年からダブルス専念を決めた松友が悔しい表情を見せる機会が多かった

このレース、前半数大会を終えた段階で、2人は、前を走る3ペアに迫ることなく日本4番手のまま終える可能性が濃厚に。客観的に見て、立ち位置にそれくらいの差があった。しかしそこで立ち止まらず、寧ろそれならばと、いったん目標を切り替え、「本気で狙いに行った」という全日本総合選手権を2011年12月に制した

翌2012年にはレース最終盤、24位(4月26日付)まで下げた世界ランクを半年かけて10位(10月25日付=日本4番手変わらず)に引き上げた。翌月にはシード権が得られるトップ8(11月22日付=日本3番手)、さらに3カ月でトップ4入り(2013年2月21日付=日本1番手)。そこから8カ月後、全種目を通じて日本勢初となる世界ランク1位(同年10月30日)に到達する

 

高橋・松友が世界1位の座に着いたのは4回。在位期間は延べ127週間で、中国ユー・ヤン/ワン・シャオリの136週間に次いでこの種目、史上2番目。ただ、1位を保持した連続在位84週(2016年3月17日~17年10月25日)の記録は、ユー・ヤン/ワン・シャオリの73週(2011年4月28日~12年9月19日)を抜き、女子ダブルス史上最長となった

さらに特筆すべきは、冒頭記した「(五輪イヤーに)4年前と同じ世界4位で入った」が示す通り、異例ともいえる長きにわたったシードペアとして戦い続けた期間。わずか1週届かなかったものの、今年1月21日にランクを2つ落とすまで、高橋・松友は2013年以降ほぼ7年間(2013年1月25日~20年1月20日)、世界ランク5位以内を守った

この記載されない“もうひとつの記録”には、優勝回数で勝るユー・ヤン/ワン・シャオリも遠く及ばない。全種目を見渡しても、上回るのは男子シングルスのリー・チョンウェイぐらい。意味するのは、2人は、好不調の波が当然あったにもかかわらず続けて大崩れしなかった、故障が少なく戦線離脱せず主要大会に出続けてきた、ということ。言い換えれば、長期的に取り組んできたコンディションの維持・向上に成功した証(あかし)といえる

<続く>

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