Back on the right track at the right time ~ Nozomi OKUHARA

Interview in KL

Exclusive interview @KL in April 2015

「日本から、また若くていい選手が出てきたな」。国際大会の取材現場で、アジアのメディア関係者から声をかけられた。「AKANEのことか、そうだな」 「違う違う、もう一人の小さい方だ」――。

確かに、日本国内以上に、海外では一度は完全に忘れ去られた存在。世界ジュニア選手権で優勝し、鳴り物入りで飛び込んだシニアの世界でも確実に存在感を示し始めた矢先、ひざを負傷し、延べにすると1年超、戦線離脱を余儀なくされたのだから。あれから2年、負傷した時と同じ会場で行われた2015年マレーシアオープンSSプレミアを終えた女子シングルスの奥原希望選手を、BadPaL がクアラルンプールで独占取材した

2013年1月18日、奥原選手は初出場のマレーシアオープンSS(当時)で準々決勝に進み、インドのサイナ・ネワル選手に挑んだ。初めて対戦する世界ランク1ケタの相手に、「これまでの相手とは違う。何もできなかった」と第1ゲームを失うが、第2ゲームは大きな展開に持ち込みリードを奪う。しかしここで「左ひざがずれるような違和感」を感じ、このゲームは何とかプレーを続け取り返すも、ファイナルゲームに入りまもなく自らの判断でリタイア。この時、「やりたかったが、無理して続けて症状を悪化させるような後悔はしたくなかった」と話していた。それから2年3カ月、同じ試合会場に戻ってきた感想は、「やっぱり長かった…」

2012年、アジアジュニア準優勝に続いて、日本の女子で初めて世界ジュニアのタイトルを獲得。同じ年、シニアの大会でもカナダでグランプリ(GP)初優勝を遂げるなど、順風満帆に来ていたアスリートとしてのキャリアが突然バッサリ断ち切られた。左ひざに続いて右ひざも故障し、さらに出口の見えない暗闇に入りこんでしまい、将来を嘱望された日本女子ホープの存在はほどなく消し去られていった。ところが、リオデジャネイロ五輪の出場権をかけた五輪レースが始まる前の年にカムバックしてくるや、それまで人知れずもがき苦しんできた時間などまるでなかったかのように勝ちを重ねて、当然のごとくきっちりレースのスタート地点に着いた。世界ランクは日本の女子シングルス陣の中でトップだ

奥原選手は、「今になってみれば、あの時ケガをしてよかったと言える」と涼しい表情でさらっと話す。取材に応じてくれたのは、インド、マレーシア、シンガポールと続く、アジアのSS3連戦の渦中だったが、「ここに来たくても来られない人がいることを、(ケガにより)身を持って実感できた。なにより今、バドミントンができる喜びを率直に感じていて、連戦に伴う過密スケジュールはまったく苦にならない」と言い切る。一方で、大きなケガを経験したことで、「直感的に『体の声』を聞けるようになった。自分で無理と感じたら、躊躇なく止められる」。ただし、「大会期間中であっても、試合で見つかった課題にすぐ取り組みたい一心で、激しい試合を終えたばかりにもかかわらずトレーニングをやりすぎようとしてしまい、トレーナーの人などに強制的に止められることもある(笑)」という

◆クアラルンプール、準々決勝再び

111-minute

Another memorable quarter-finals at Malaysia Open

奥原選手は今回、2015年のマレーシアオープンを、ケガで途中棄権した2年前と同じ準々決勝で終えた。ただ敗れはしたが、初顔合わせの中国ワン・シーシャン選手との一戦は、新たな一歩を踏み出させる試合となった。第1ゲームを19-15から逆転され落とした後、第2ゲームはしっかり奪い返して迎えたファイナルゲーム、終盤18-15とリードしながら追い抜かれ、追いつき、再び追い抜かれて、20-22でジエンド。試合時間111分に及んだ互いに譲らぬ消耗戦は、最後、奥原選手が力尽きた

どちらに転んでもおかしくない僅差の内容ではあったが、奥原選手は試合を振り返り、「長い試合となり自分同様に疲れ力尽きていても、点数をしっかり取ってくる」と、ワン・シーシャン選手の勝負強さを認め、結果を素直に受け入れた。その上で、「ファイナルゲームの最後はいっぱいいっぱい。最初に足の指がつり、続いてハムストリング(大腿二頭筋)にきた。大きな筋肉がつるのは初めての経験で、驚いた」と説明。自らの筋持久力に課題あり、と敗因を分析した。ただ、「最初に試合時間111分と聞いたとき1時間11分と勘違いして、それより長い試合を経験していたので、自分のフィジカル面が落ちているのかと真剣に悩んだ。後に1時間51分だったと分かり、(そこまで長かったのなら)仕方ない、と妙に納得できた」と苦笑いして見せた

試合後、コート上で涙したことは自分で意識しておらず、写真を見せられ知ったという。涙の意味を尋ねると、「足の痛みに加えて、これまで経験したことのない長い試合をやり終えたある種の安ど感からで、悔し涙ではない」。「負けて悔しい思いはもちろんあったが、それより、2年前は最後まで戦えなかったマレーシアオープンの準々決勝で、敗れはしたものの、今回は出し切れた満足感が大きかった」と強調した。試合終了直後はワン・シーシャン選手の肩を借りて退場するような状態だったが、翌朝起きたら問題なく、軽い筋肉痛だけで済んだそう。「(スペインのカロリナ・)マリン選手のように、何週もきつい試合が続いたとしても、次の日に戦えるフィジカルの強さが五輪レースには必要と考えていたので、ホッとした」と話した

◆スディルマン杯

次に控える一大イベント、2年に1度の男女混合国・地域別対抗戦スディルマン杯への思いを聞くと、「選ばれればチームに貢献したい(取材時はメンバー発表直前)」と模範的解答をする一方で、「当然そこにいるべき選手と思われるようにならなければ」と、女子シングルスのエースの位置に立ちながら、まだ十分認められていない自らを鼓舞するかのようなコメントが出た

日本が初のメダル獲得を目指すスディルマン杯に向けた直前合宿に合わせて、ナショナルトレーニングセンターでは毎年恒例の記者交流会がある。日本代表選手はこの場に全員顔を揃えるが、「代表全員による写真撮影の後、スディルマン杯に出場するメンバーだけで別途撮影が行われる。その時、わきに外されるのは悔しい(笑)」のだとか。さらにもう1つ、奥原選手が心のどこかでずっと引きずっている、自らの負けが影響して優勝を逃した2012年世界ジュニア選手権団体戦で作った大きな借り。これを何とか返したい、という強い思いも密かに抱えている

◆ライバル

初めて挑む五輪レースについては、レース突入後、最初のSSとなるオーストラリアンオープンをはじめ、「初めて出場する大会が多く、試合会場や雰囲気にも慣れていないのであまり強気なことばかり言えない」としながらも、「代表として、出場する大会すべてで優勝を目指すのは当然のことだが、SSのベスト8が、レースを戦っていく上でクリアすべき最低ラインになる」と明言した

奥原選手は、世界ランク上位選手の主戦場であるSSで初めて表彰台に立った2014年11月香港オープンの会場で、「世界ランクに関係なく、真のトップ選手は中国の3人(リ・シュエリワン・シーシャンワン・イーハン)と思う」と語っていた。2015年のシーズンに入り、3月全英オープンSSプレミアでワン・イーハン選手、4月マレーシアオープンSSプレミアでワン・シーシャン選手と初めて対戦。いすれもファイナルゲームまでいき僅差で敗れ、「実際に対戦してみて、想像していたほどの差はないと感じた」と言い、次回以降の対戦に向けて自信を深めている

Nozomi with 2-champ

Ratchanok, Carolina and Nozomi in 2011

一方、2014年香港オープンで初めて対戦し勝利したジュニア時代からのライバルで現世界チャンピオンのスペイン、カロリナ・マリン選手に関し、「今シーズン(2015年)に入ってからプレーが様変わり。SS3大会に出場して優勝2回、ベスト4が1回と安定した結果を残していて、間違いなく世界トップの1人」と認める。マリン選手のほか、奥原選手が銅メダルに終わった2011年世界ジュニア選手権台湾大会でともに表彰台に並んだタイのラッチャノク・インタノン選手も既に世界選手権のタイトルを手にしており、先を走る同世代のこの2人に対する意識は強い

◆そして五輪の表彰台へ

香港オープンSS準優勝など国際大会で結果を残しながら、直後の2014年12月、A代表入りをかけたいわば1発勝負の全日本総合選手権ではまさかの初戦敗退。この結果に奥原選手は、「やはり相当に落ち込んだ」と明かす。しかし同時に、「この時、小宮山元コーチをはじめとする所属チームの関係者、さらにチームの垣根を越えて助言してくれた人ら周囲に本当に支えられた」と強調した

結局、女子シングルスA代表4人の中に選ばれ、その決定に疑問を投げかける声に、今シーズンここまで、◆SSベスト8入り3回(プレミア含む)◆GPゴールド優勝1回◆インターナショナルチャレンジ優勝1回――と、結果で答えてきた。連動して世界ランクも2014年末の25位から順調に上がり続け、2015年4月9日には早くもトップ10入りを果たした。これには本人も「できすぎで驚いている。後が怖いのでは」と冗談めかして話すほど。次に目指すは世界ランク8位内かと水を向けると、「8位内に入ってシード権が取れれば、五輪レースを優位に戦えるのは確か。ただ上位3人しかメダルは取れないわけで、要は勝てばいい」ときっぱり。この時から既に、視線はリオ五輪の出場権を越え、その先の表彰台に向いている

今回の独占取材は、選手・関係者が宿泊するホテル近くのカフェで行った。途中、通りかかった男子シングルス世界ランク3位デンマークのヤン・ヨルゲンセン選手や、アトランタ五輪男子ダブルス金メダリストで現在はインドネシアのヘッドコーチを務めるレキシー・マイナキー氏らが次々と声をかけていく。奥原選手は、「こうして皆に声をかけてもらえるようになったのは、(いったん忘れ去られた)自分のことが周りに認められてきたことのあかしかなと思い、すごくうれしい」と笑顔を見せていた

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