LEE Chong Wei’s story (7)

LIN Dan vs LEE ChongWei

リー・チョンウェイ選手(以下チョンウェイ、敬称略)は、2000年に京都で開催されたアジアジュニア選手権で初対戦して以来、中国リン・ダン選手とこれまで何度も名勝負を繰り広げてきた。そのうち、特に印象的だった幾つかの対戦を自伝の中で取り上げている

【1】2006年マレーシアオープン決勝

ラリーポイントシステムが導入されてから初めての対戦。1ゲームずつ取り合って迎えたファイナルゲーム、リン・ダン選手に大きくリードを許し13-20とマッチポイントを握られ絶体絶命の状況に追い込まれる。しかしここから7連続得点で追いつくと、最後は23-21と自国開催の大会で起死回生の逆転勝利を決めた。チョンウェイは自分でも信じられなかったと語っている

【2】2008年北京五輪決勝

韓国イ・ヒョンイル選手との準決勝に勝利し、1996年以来となるオリンピックのメダルをマレーシアにもたらした後、高まる周囲の期待を背に、マレーシア史上初の金メダル獲得へ挑んだ。しかし決勝でのリン・ダン選手のコンディションは想像をはるかに超え、スピードが速すぎて反応できないほど。同じ年のトマス杯で最後に対戦した時から信じられない変化を遂げており、コーチ席についたミスブン・シデク氏も打つ手なし。試合が進むにつれ混乱して何も考えられなくなり、大差で負けないことだけを願うまでに精神的に追い詰められた。結果は12-21,8-21の大敗。ミスブン氏は試合後、敗因をチョンウェイのミスではなく、リン・ダン選手が良すぎたことと分析した。しかしチョンウェイは、入院した妻を見舞うよりチョンウェイとともに戦うことを優先し北京に残ってくれたミスブン氏に謝罪。さらに家族をはじめ、歴史的瞬間を期待していたマレーシア国民を失望させてしまったことへの責任を背負い込んだ

【3】2011年世界選手権決勝

ロンドン五輪と同じ会場、ウェンブリーアリーナを使って開催されたプレ五輪イヤーの世界選手権。チョンウェイはそれまで一度も決勝に進んだことのない最高位の大会で、ディフェンディングチャンピオンの中国チェン・ジン選手との準決勝に圧勝。4度目の優勝を狙うリン・ダン選手とタイトルを争った。慎重かつ断固たる気持ちで試合を進めたチョンウェイが第1ゲーム、反撃に転じたリン・ダン選手が第2ゲームをそれぞれ取り、ファイナルゲームに突入。チョンウェイは攻撃のリズムを上げて点差を広げようと試みるがリン・ダン選手はそれを許さず、チョンウェイ僅差のリードのまま終盤へ。2度のマッチポイントを握るも決め切れずに好機を逸すると、最後は自らショットをネットにかけ、悲願の世界選手権タイトルまであと一歩のところで敗れた。ただチョンウェイはこの試合、最後の瞬間までベストを尽くして戦い抜き、これまでとは違うメンタルの強さを示せたとして、結果を受け入れた

世界バドミントン連盟(BWF)のデータベースによると、2004年トマス杯アジア予選から12年全英オープンスーパーシリーズ(SS)プレミアまでのリン・ダン戦の通算成績は9勝19敗で、チョンウェイが大きく負け越している。08年北京五輪後だけで見ても4勝10敗と勝率は2割8分余りに過ぎない

チョンウェイは、金メダルを目指すロンドン五輪でもリン・ダン選手が最大の敵になることを認めている。さらに、昨年のジャパンオープンSS、デンマークオープンSS、SSファイナルで敗れた、若さと高さのある中国チェン・ロン選手を警戒すべき相手に挙げている

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