Last month of Olympic qualifying race begins with Australian Open

オリンピックレース最終月、残り3大会の1つであるオーストラリアンオープングランプリ(GP)ゴールドが、昨年までのメルボルンからシドニーに会場を移して開幕した 既にロンドン五輪出場をほぼ確定させた男子シングルスの田児賢一選手(世界ランク8位)と女子ダブルスの藤井瑞希・垣岩令佳組(世界4位)、五輪出場に届かず同じ日程で国内開催中の大阪インターナショナルチャレンジにエントリーした男子シングルスの山田和司選手を除き、この11カ月間、レースのため海外遠征を続けてきた日本代表選手が出場している。とりわけ、日本選手の間でギリギリの競り合いが続いているダブルス陣にとっては、ここから先の1戦1戦が当落を決定付ける大事な試合となる

LEE Chong Wei’s story (6)

リー・チョンウェイ選手(以下チョンウェイ、敬称略)は自伝の中で、3人のコーチに触れている。1人目はミスブン・シデク(Misbun SIDEK)氏、2人目は中国人のリ・マオ(LI Mao)氏、そして3人目が現在のコーチ、テイ・セウボク(TEY Seu Bock)氏だ 80年代に選手として活躍したシデク兄弟の長男、ミスブン氏のトレーニングは、プロ選手にとって必要な要素である、フィジカルの強化に重点を置いたもの。さらに精神面では、

Indonesians beat Malaysians in the semi finals of Axiata Cup

東南アジア諸国連合(ASEAN)主要6カ国による男子団体戦「アシアタ(AXIATA)カップ」。バドミントンでは初の試みとなるホーム&アウェイ方式による準決勝が3月30日~4月1日に行われ、インドネシアA「ガルーダ」がマレーシアA「タイガー」に、インドネシアB「ラジャワリ」がマレーシアB「レオパルド」にそれぞれ連勝し、決勝に進んだ

LEE Chong Wei’s story (5)

2003年マレーシアオープンで初めて、シニアプレーヤーとして過去最高の成績となる銀メダルを得た後、リー・チョンウェイ選手(以下チョンウェイ、敬称略)は、下位大会であるマレーシアサテライトでの優勝を踏まえ、2004年のマレーシアオープンで優勝を果たす。チョンウェイは、現在マレーシアオープンスーパーシリーズ(SS)として知られるこの大会で、この後、2007年を除き8度タイトルを獲得している

A million dollar tournament in ASEAN sponsored by cellphone company

賞金総額100万ドルの新たなトーナメント「アシアタ(AXIATA)カップ」が東南アジアでスタートした。マレーシアとインドネシアでそれぞれ「セルコム」、「XL」という携帯電話事業を展開するマレーシアの上場通信企業Axiata Group Berhad がスポンサーを務め、両国にタイ、シンガポール、フィリピン、ベトナムを加えた東南アジア諸国連合(ASEAN)主要6カ国が参加。2単1複の男子団体戦で、優勝チームは賞金40万ドルを得る。 アジアバドミントン連盟(BAC)の認可を受けた大会ながら、当初は、オリンピックレースが大詰めを迎えるこのタイミングでの開催に疑問の声も上がっていた。しかふたを開けてみれば、シングルスでは、全英オープンスーパーシリーズ(SS)プレミアでの右肩負傷で全治5週間と診断された世界ランク1位のリー・チョンウェイ選手(マレーシア)が予選ラウンドへの出場を回避したものの、世界11位のタウフィック・ヒダヤット選手(インドネシア)、同12位のグエン・ティエンミン選手(ベトナム)、26位のブーンサック・ポンサナ選手(タイ)ら。ダブルスでは、世界6位のボナ・セプタノ/モハンマド・アーサン組(インドネシア)、同8位のクー・ケンケット/タン・ブンヒョン組(マレーシア)、12位のマルキス・キド/ヘンドラ・セティアワン組(インドネシア)など、オリンピックレースを戦う東南アジアを代表するトップ選手が顔をそろえた